天王さま(松戸市金ヶ作32)

金ヶ作陣屋と関わりがある場所の天王さま。現在の門前八坂神社(松戸市金ヶ作32)を紹介しておく。由緒由来は写真参照のこと。安政元年(1854年)創建*1とのことなので、江戸時代末期、陣屋の近傍にあって祀られる。明治元年はあと15年後である。
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*1 創建の御祀神を考えると、当時は天災や開国への不安感もあっただろうが、安政年間に流行ったコレラと関係があるかも知れない。庚申塔や馬頭観音などの石塔は、近傍にあったものをあとから合祀したものと考えられる。

写真3枚目の石塔の説明を「松戸市石造物遺産」松戸史跡マップ研究会刊、2017.9、万葉舎より引用しておく。
写真後列左より
1. 庚申塔 形状駒形90×36×23cm、安永2年2月吉日(1773年)金ヶ作村講中とあり台座に三猿
2. 巡拝塔 形状笠付角柱194cm、貞享元年10月吉祥日(1684年)正面に奉納秩父坂東西國百ヶ所願望成就所とある
3. 馬頭観音 形状石祠97cm、平成25年3月吉日改修(2013年)、明治15年(1883年)塔の改修とあり本来の創建年不明。台座正面に武州足立郡上岡村之冩(うつす)と読める?
4. 庚申塔 形状自然石98cm、安政5年12月吉日(1858年)
前列左より
5. 稲荷明神 形状石祠25×17×10cm、正面に稲荷大神。陣屋敷地内にあったものか?
6. 稲荷明神 形状自然石47.5cm、稲荷大神、明治35年3月吉日(1902年)

金ヶ作廃線の旅(常盤平駅からの街歩き)

鉄道第二連隊の演習線を常盤平駅から五香駅まで街歩き(1h30)

 新京成電鉄の路線は、もと旧帝国陸軍の鉄道第二連隊の演習線が母体であることはご存知かと思う。あの映画「戦場にかける橋」の泰緬鉄道ともつながる。その鉄道第二連隊本部の正門は、津田沼の千葉工業大学通用門として残っている。

 いろいろな記事や説明などで、新京成線がなぜくねくねと蛇行しているのかと理由を挙げているが、一点、できるだけ谷津・谷地を避けるために、結果的に北総台地の稜線・分水嶺を選んでいたことも説明に加えて欲しいものである。

 松戸駅との接続工事は別として、大胆にショートカットした区間でいうと、初富駅から二和向台駅の区間と常盤平駅から五香駅の区間であろう。この金ヶ作歳時記としては、常盤平駅から五香駅の区間を確認しておく必要がある。

 わたしは鉄道ファンではないが、地形と高低差と旧道が好きである。常盤平駅から五香駅にあった演習線跡が未だに道として残っていて、旧道ときわめて紛らわしいのである。わたしは地元の人間であるが、演習線跡を意識して歩いたことがない。とりあえず、本日(6/29)、午後1時から常盤平駅北口を出発して五香駅までの区間、廃線跡の境界標石を確認しながらブラタモリをする。

 下の写真は、国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」より提供してもらった空中写真である。日本の敗戦直後にGHQ(米軍)が撮影したものである。鉄路はすでに外されているが、それらしき線が写真に残っている。レンズ焦点は周辺になるほど画質が低下する傾向はあるものの、当時の米軍のカメラ精度はかなり良くて、日本ではとても太刀打ちできなかったであろう*1。

 この地図をクリックすれば拡大するので、廃線跡を探してみて下さい。

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*1 敗戦後の日本の光学機器の発展については、申すまでもないと思う。

追記 今回の街歩きで、陸軍と読めた境界標石は2箇所あった。あとは首まで埋まっていたりして、合計6箇所を目視で確認できた。

鮮魚街道の街歩き【五助木戸から松戸宿・納屋河岸跡まで】

改定 2020年11月17日

鮮魚街道(生街道)とは
 江戸時代には、川を使った水運が栄えました。銚子沖でとれた魚は、夕刻に銚子を出発し、翌朝に布佐河岸で陸上げされ、金ヶ作を通り松戸河岸まで馬で運ばれました。そして、再び、船で行徳を経て夕方から夜に日本橋に着き、翌朝のせりにだされました。この陸送路を鮮魚街道(なまみち)といいました。
上記、松戸市ホームページの説明より引用


 江戸城下の拡大する人口を養うために水と食料の確保が必要でした。当時の物流は水運が主流です。江戸前の海産物で足りない分を補うために、利根川の複雑な流れをかえてまで、利根川を関宿付近で江戸川と結び(ちなみに利根運河は明治期の話)、銚子から帆を張った高瀬舟での輸送ルートを整備しました。
 しかし、冬場などの渇水期には陸路を使わざるを得なかったのです。当時の荷駄はリレー方式。当初は、利根川の布佐河岸、木下河岸から木下街道を行徳河岸まで運ぶルートがあったのですが、色々あって(市川歴史博物館)、金ヶ作の五助木戸を経由して松戸宿の納屋河岸(江戸川)まで、荷駄替えをせずに馬で運ぶ(通し馬)物流ルートができたのです。日本橋までは時間制限があって、当時としては、かなり厳しい高速輸送ルートですね。これをいつしか鮮魚街道と呼ぶようになりました。
 我が家は江戸期に金ヶ作村に入植した百姓でしたが、その五助木戸近くに住んでいて、金ヶ作では銚子屋の屋号で呼ばれていました。農閑期には中馬と呼ばれるような運送をしていたのでしょうか。

五助木戸から松戸宿・納屋河岸跡まで
 五助木戸(現五香十字路)から松戸宿・納屋河岸跡までの現在の鮮魚街道を辿ってみます。本来の鮮魚街道(旧道)を確認しながらの行程になります。
 松戸市史の中巻より引用した地図を参照しておきます。
 今回紹介する鮮魚街道のルートは、享保10年(1725)、享保11年(1726)、寛政7年(1795)、嘉永2年(1849)に小金原(中野牧)*1で行われた徳川将軍御鹿狩の御成道でもあります。
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五助木戸付近の野馬除土手から出発です。

0. 五香十字路付近にある野馬除土手
 新京成五香駅東口から徒歩3分。視線の先に五香十字路があり五助木戸があったところ。この野馬除土手は、五香善光寺側の野馬除土手と五助木戸を介して繋がっていたと考えられる。そのまま県道57号線沿いに陸上自衛隊松戸駐屯地方面に野馬除土手が伸びていて、もう一方は、鮮魚街道に沿って子和清水(古和清水)・牧の原団地まで続いていた。迅速測図*2にはそれらの野馬除土手が記載されている。
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 私が子供の頃までは五香十字路に存在していた土手。
ほとんどの土手は消えてしまった。五香善光寺側の土手は、まさに御鹿狩りの現場であり、整地され消えてしまった御立場と同様にまことに残念である。
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1. 五香十字路(五助木戸)
 ここは銚子から江戸に鮮魚を運ぶ最短ルートの中継点として重要な役割を果たしていたところ。
交通量が多い五香十字路(県道281号)からみて、右の菓匠松久まえの細い道が本来の鮮魚街道。残念ながら新京成の線路と建物で途切れてしまっているが、その先の道が子和清水(古和清水)まで続き、この道沿いの左側(南側)に野馬除土手が続いていた。
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 -寄り道- 新京成五香駅から松戸市立第四中学校の先、徒歩8分のところに五香公園があり御立場の碑がある。実際には五香公園と梨園からもう少し南の住宅地になる。迅速測図*2には猪見塚との記載がある。
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 五香駅西口側にまわる
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 この先の金比羅神社に野馬除土手の痕跡
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 この先の個人宅に野馬除土手と松戸市教育委員会の説明板
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2. 子和清水(古和清水)
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 この指標㊼は微妙に立てる位置がズレていて、まるで新しい県道281号線の方が鮮魚街道のように感じさせて紛らわしい。せめて子和清水側に建てて欲しいものである。
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3. 常盤平柳町交差点
 ESSO八柱SSを県道281号線のまま左に進む。リンガーハット松戸八柱店前に子和清水貝塚跡の指標㊺がある。八柱方面に進む右の道(県道51号)は新しい道路である。
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 子和清水貝塚跡は 旧石器時代から縄文期にかけて、北総台地西端の国分川・春木川水系に沿って大集落を形成していたとのことである。ここは貝塚跡となっているが、住居跡272軒などが確認されていた千葉県下でも有数の遺跡である。都市計画・区画整理で消滅してしまった。松戸市は歴史や観光よりも都市開発に力を入れてきたので仕方がないが、失ったものは戻らない。墓標にも見える。
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4. 八柱の鮮魚街道と金ヶ作陣屋を歩く
 道を下っていくのがわかる。やがて県道51号線と交差するが、一番低くなる場所に谷地が横切っているのである。これから八柱駅踏切に向かうのだが、周辺は宅地造成されて住宅街となり旧道は一部分消えている。地形的には、新京成線に沿って分水嶺が走っていて、21世紀の森と広場を越える森の橋(陸橋)方向の千駄堀は坂川・江戸川水系、八柱の常盤平・日暮側は国分川・春木川水系になる。カンナ公園(常盤平陣屋前13)付近には、大きなため池があったそうである。
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 鮮魚街道(御成道)は、この門前公園のある道である。今度は上り坂になる。門前公園には、松戸市教育委員会の説明板がある。
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 この道に沿った右手に金ヶ作陣屋入口があった。北側を横切る県道51号線側は、もともと高かった土地を削ってつくった新しい道路である。削り取られた土は、平坦に宅地造成するのに利用されたので、陣屋の敷地は削り取られて現在はないということがわかった*3。ちょうど右側に電柱が二本立っているが、ここが金ヶ作陣屋の入口で長屋門があったと考えられる。現在、迅速測図*2や進駐軍による敗戦直後の空中写真(国土地理院)、古い公図をもとに有志で検討しているところである。
 江戸から招いた公事宿(くじやど)*4のひとつ大和屋は、金ヶ作陣屋の長屋門右脇にあって、そのご子孫が渡辺家として続いている。
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明治期の迅速測図からみた八柱の鮮魚街道(御成道)
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敗戦直後の空中写真と公図をもとに作成した金ヶ作陣屋敷地
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この金ヶ作陣屋跡の指標㊻は明らかに設置場所が見当違いなので、ご注意されたい。
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5. 新京成八柱駅踏切
 さらにまっすぐ登りきると「八柱駅前第2駐輪場」を通過して、まっすぐ踏切を越えて左の細い道を直進する。こちらが鮮魚街道(御成道)の旧道である。すぐ門前八坂神社がある。角に道標・庚申塔があったのではないかと推測する。
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 突き当たりを左に折れて、すぐに右に折れて稔台駅方面に向かう。
 県道51号の道は右へ曲がるように進むが、直進して再び県道281号に接続する路地が鮮魚街道である。ここの路地(かっぱ横丁)には飲み屋街が並び稔台駅にでる。踏切をわたり県道281号にでないといけないが、鮮魚街道の地図上は直線である。
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6. 下水遺跡
 県道281号をすすむと湯楽の里松戸店がある側の左路地が鮮魚街道の旧道である。途中に下水(げす)遺跡の指標がある。縄文中期後半から後期にかけての集落があった場所。
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7. まっすぐまっすぐ
 すぐに「まてばしい通り」と交差するが、そのまま前方の細い道にすすむ。直進、直進である。このあたりを歩くと平坦な稜線であることがわかる。良い立地である。通行しやすいこのような場所に自然と道ができたのであろう。

8. 美野里交差点付近
 直進していくと美野里交差点で国道464号線と交差するので、右に少し折れてすぐ左に二本の路地がある。その国道464号沿いの道が古い鮮魚街道であるが、すぐにまた国道464号と合流する。
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 -寄り道- 美野里交差点の反対方向にある一つめの信号機の場所には庚申塔・道標が残っている。
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参考 庚申塔・道標所在地(松戸市和名ヶ谷1415角地)形状駒形91.5×32×21cm、天明6年霜月(1786年)。左まつ戸道、右八はた道。あったはずの台座部分の三猿はすでに欠損していた。悲しい。
「松戸市石造物遺産」松戸史跡マップ研究会、2017.9、出版万葉舎より引用

9. 松戸隧道
 分実(わかさね)交差点・西美野交差点を直進し、高架下の県道180号と交差するが国道464号をまっすぐ進めば、すぐに松戸隧道・国道6号線である。昔はそのまま進めたのであろうが、信号機のボタンを押して渡るしかない。
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10. 千葉大学松戸キャンパス
 国道6号線の横断歩道を渡り千葉大学松戸キャンパスを迂回して松戸宿に向かうことにする。
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 常磐線で道が塞がれるので陸橋を越える。
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 すぐに旧道(県道5号線・流山街道)に突き当たるので右折。
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11. 松戸宿へ
 角町交差点を過ぎて左2本目の路地先に「是より御料松戸宿の碑」あり。
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12. 旧本陣跡地
 松戸郵便局を過ぎて、宮前町交差点を左折すれば「旧本陣跡地」の碑あり。
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 すでに取り壊されているので模型でご容赦。
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13. 納屋河岸跡
 春雨橋を渡り、松戸商工会議所、真宗大谷派光明山西蓮寺の区画の路地左折、堂の口橋を渡れば目的地「納屋河岸跡」*5である。
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 江戸川の向こう岸が金町となり渡河する「江戸道」であった。東京スカイツリーも見える。
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【参考】鮮魚街道を迅速測図*2から見てみる(松戸市立博物館の展示より引用)
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*1 小金牧と小金原
 江戸幕府は、現在の松戸市・野田市・柏市・流山市・鎌ケ谷市・白井市・船橋市・印西市などにまたがる地域に、馬の牧場・小金牧を置きました。小金牧は上野牧・中野牧・下野牧・高田台牧・印西牧の5つからなり、松戸市域はかつての中野牧です。また牧の周りには広大な野原や林がありました。これが小金原です。
(松戸市立博物館の企画展・松戸と徳川将軍の御鹿狩の展示説明より引用)
*2 迅速測図は、明治13年(1880)から陸軍卿・山縣有朋の命で作成が始まり、明治19年に完成した関東平野全域の地図。江戸時代の道や村落など面影を反映している。
*3 その新しい県道51号に"八柱駅入口(松戸市常盤平陣屋前)"というバス停があるが、空を見上げれば、まさにそこに削られて消えた金ヶ作陣屋の敷地が存在していたのである。バス停の名称と番地としては、金ヶ作陣屋下(松戸市金ヶ作陣屋)とすべきであろう。
*4 公事宿とは、訴えをするために宿泊する専門の宿屋であり、訴訟をするための書類の作成や手続きの代行を行ってくれる。多くは神田や日本橋馬喰町にあったらしい。地方から訴えを起こすためには、長期間の手間と出費が伴うので、農民などの負担は計り知れないものがあったであろう。金ヶ作陣屋に公事宿ができたことは大きい。公事宿は、公事人宿・出入宿・郷宿・御用宿とも呼ばれ、代官所の陣屋近くにあった宿屋は郷宿と呼ばれることが多かったそうだ。
*5 表示には「納屋川岸」とある。このブログでは表記を納屋河岸とした。さらに鮮魚街道について知りたい方は、次を参照されると良い。
 下総鮮魚街道(文・青木源内氏)
 http://www.tante2.org/namakaidoh.htm

国民生活センターが出している「くらしの豆知識」

 国民生活センターが出している「くらしの豆知識」、これがなかなか良いのだ。特集は、毎年テーマを決めて編集している。生活をしていく上で知っておきたい知識をイラスト入りで分かりやすく解説をしている。手元にある2019年版の特集は「悪質商法の手口公開」である。さまざまな事例を入れてなるほどと感じ入ってしまう。過去のものよりさらに見やすくなってきて、他の編集者も参考になると思う。2020年版の特集は、ひとり立ちをする若い世代向けの「消費生活ナビ」と「災害に備える」であるが、まだ手に入れていない。

くらしの豆知識
http://www.kokusen.go.jp/book/data/mame.html
に目次がでている。注文することもできるようだ(税込定価523円)。

 個人的に比較対象を選ぶとすれば、池上彰氏監修の「おとな事典」が税別1500円だからお得感もある😄。

金ヶ作町会の概要と班組長の役割について

金ヶ作町会としての広報誌やホームページの必要も感じましたが、その体制や継続性を考えると維持していくのは難しいと感じます。それで、わたしが総務部に在任中(任期2年)は、このblogに「金ヶ作町会総務部」というテーマを用意して Official Site にするよりも気楽にお知らせすることにしました。掲載内容については、あとで修正加筆することもありますが、ご容赦下さい。

       ▶︎金ヶ作町会の概要と班組長の役割について◀︎

金ヶ作町会の新しい班組長の皆さまへ

地域それぞれ、町会・自治会で事情も運営方法もさまざまです。
新しい班組長さんに、この金ヶ作町会についての簡単な説明をしたいと思います。

 ここは金ヶ作町会と呼称します。

 金ヶ作町会は、新京成常盤平駅から五香駅までの区間北側に広がる2,200世帯ほどの自治会組織です。全6ブロックに区割りされて、全体で27班・99組あります。広域であるために金ヶ作町会は全6ブロックの連合体と考えるとわかりやすいでしょう。旧金ヶ作は、戦後のベットタウンとして常盤平団地が造成された際にその3分の2ほどが区画整理されて常盤平となりました。そこから外れて市街化調整区域として残されたのが金ヶ作町会といえます。良かったのか悪かったのか? 松戸市の中にあって、開発から緑が守らた結果、金ヶ作自然公園ではオオタカも巣立っています。また、松戸市の分水嶺の起点ともなる場所なので水害がない土地ともいえます。70歳以上の高齢化率は25%程度です。

 現在の組織や役員体制については、会員名簿をご参照下さい。

 各ブロックで多少運営に違いがあるかも知れませんが、班長会議が開催されて、一年間の行事の説明や活動報告、決算報告、事業計画案、予算案が審議されます。班組長さんが必要となる文具や領収書などの購入には事務費が支給されます。

 すでにブロック長より説明されているとは思いますが、班組長の役割を紹介しておきます。

1. 総会と定例会(毎月第2日曜日)への出席
 ・回覧物、掲示板に貼るものの仕分けと広報
 ・班組内からの意見や要望の反映
2. 行事への参加や協力
 ・町会運動会やふれあい食事会などがあります。
3. 防犯灯の管理
 ・掲示板の維持も含め、防犯灯は事業部が担当しています。
4. 班組内の環境整備
 ・クリーンデーがあります。
5. 町会費の集金と納入
 ・町会費(250円/月)を集金します。
 ・集めた町会費は定例会のときに会計に収めます。カーボン2枚綴りの所定の用紙を使います。なければ、会計からもらいましょう。手元に会計印が押された受領書が残ります。
6. 慶弔について
 ・班組内の慶弔を知ったら、まずブロック長に相談しましょう。

 この小さな班組内が、家庭のゴミ出しも含め、防犯・防災に福祉も含めた地域つながりの単位です。一年間、宜しくお願い致します。


 あと定例会では、各ブロックの輪番で事前準備をお願いしています。
 30分前には来ていただき、

1. 6ブロックに机を配置しておく。
2. 回覧物、掲示物を各ブロックの割り当て数に仕分けしておく。
 ことをお願いしています
3. 各ブロック長(または協力者)は、自分の班組内の配布物を必要数に仕分けしておく。

 これで定刻になってから仕分ける混乱をなくすことができますので、ご協力をお願い致します。

                令和2年6月17日 金ヶ作町会総務部

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金ヶ作町会の定例会が開催(2020/6/14)

 定例会(月例会)の開催

 日時:令和2年6月14日(第2日曜日)13時~
 場所:金ヶ作自治会館 2F

 年度がかわっても新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で延び延びになってしまった定例会が、マスク着用で除菌してからの入館になりましたが、本日やっと開催しました。

 町会長のご挨拶や役員紹介などはそこそこに、配付物の説明やら仕分けでバタバタとしてしまいご容赦下さい。令和2年度をご担当下さる班組長のみなさま、1年間、宜しくお願い致します。

主な事項
・町会運動会の開催については、次回の定例会で結論を報告するとのこと。
・家庭ごみの布類(衣類)は、リサイクル業務が再開するまで当面出さないようにお願いしたいとのこと。
・各戸別に配付するもの。回覧するもの。町会掲示板に貼っていただきたもの。
・その他 でした。

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国際アーカイブズ週間 2020年6月8日~14日

国際公文書館会議(International Council on Archives、ICA)
International Archives Week:8-14 June 2020

 この間に記録を保存し利用を図ることの大切さを呼びかけるとしていますが、ちょっと技術論に走っているイベントのように感じます。

 個人的な意見ですが、公文書の保存に関しては、その時の政策施策を歴史評価に委ねるのが公文書の保存だと思ってます。公文書の内容によって、保存期間が、例えば、1年未満・1年・3年・5年・10年・30年と決められていて、歴史的公文書と判断されれば「国立公文書館」に移管されて保存されます。

 所掌機関に保存されているのが現用文書、国立公文書館に移管されたものが非現用文書と呼ばれます。現用文書は情報公開法の適用範囲で、非現用文書はそもそも一般公開ですが、個人情報は黒塗りされます。

 国立公文書館がこれ欲しいとは言いますが、渡すかどうかは内閣総理大臣が決定権者です。

 また、そもそも重要な意思決定がされても、議事録や議事メモすら残さないとなれば、誰も責任をとらない何でもありとなります。もう一度、民主主義ってなにか、公文書の保存ってなにか考えるのが、国際アーカイブズ週間かなって思います。

国立公文書館ニュース https://buff.ly/37a93Xc

参考までに:すべての意思決定は決裁文書として残します。行政では原議書と呼びます。内容により保存期間は違いますが、決裁に必要な書類が綴られて、決裁権者・情報共有者が押印して記録として残します。営利企業の場合は、意思決定はスピードであり、監査や株主総会が過ぎれば、書類は一定期間で廃棄対象となりますが、行政の場合は、説明責任がともなうために押印する関係者が多くなります。保存期間も残すことが前提となります。そこが民間との大きな違いです。なので、あとで読まれることを意識して作成します。決裁が終わった文書の綴(つづり)を原本と呼び、当然ながら、改ざんや誤廃棄はあってはならないことになります。

6月の花だより

6月ですが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で冠婚葬祭もままならない状況。このアジサイを投稿します。ついてる名称がウェディングドレスです。

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6月の花だより

姫扇(ひめおうぎ)
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ホタルブクロ 花蜂たちがやってきています。動きが早すぎて日本ミツバチがいるのかわかりません。
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ハーブとして利用するディル(DILL)に咲いた花
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金ヶ作自治会館の利用再開

金ヶ作自治会館利用者各位

              お知らせ

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)での緊急事態宣言により閉鎖しておりました金ヶ作自治会館の利用を6月1日より再開いたします。

 ご利用される場合は、次の3つの密になることを避けてご利用下さい。
1. 密閉空間(換気の悪い密閉空間になってしまう)
2. 密集場所(多くの人が密集してしまう)
3. 密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)
 感染症対策を創意工夫して乗り切りましょう。

                   令和2年6月1日
                   金ヶ作自治会館館長

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