将軍お鹿狩りと金ヶ作村の庚申塔(その2)

弘化4年に疫病が流行ったのか、旧金ヶ作村の北と南の出入口に庚申塔が建てられた。その北側の庚申塔の脇には、力石(ちからいし)が2、3個置いてあったそうだ。それが、近現代の道の拡幅工事で散逸してしまった。その行方を追っているのだが、写真は、現金ヶ作町会長の小嶋邸にある出所不明の謎の石(37×28cm)である。多分、その一体と思われる。

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